橘氏ゆかりの御寺 遍照山西福寺

 

当山は山号を遍照山 寺号を西福寺と号し、京都東山 総本山智積院を本山とする真言宗智山派の寺院です。
京都府南部、綴喜郡井手町玉水にあり、寺伝によれば奈良時代に創建され、当初は摩尼遍照山大光明寺と号し、井堤寺と称したとされます。
奈良時代にこの地を本拠地とした井手左大臣橘諸兄によって中興され橘氏の氏寺として栄えますが、幾多の戦乱と災害により失われます。
江戸時代元禄期に当地が京都山科 勧修寺宮の所領となって再建、宝暦8年に勧修寺末寺となります。
同時期に住職活濟上人によって中興され、真言宗の神道である御流神道玉水流が開かれ隆盛を極めました。
お寺の建つこの地は井手町玉水といい、そばを流れる玉川は山吹の名勝として、また蛙(かわず)も歌枕として古来より多くの歌人に愛されてきました。町内には晩年を井堤寺にて過ごしたとされる小野小町の塚があります。また、江戸時代には茶碗師楽家が分家、この地で窯を開き玉水焼を起こした歴史ある地です。

秋の特別展 「西福寺の神と仏 御流神道と密教美術」

秋の特別展「西福寺の神と仏 御流神道と密教美術」を開催いたします。

 

西福寺は江戸時代に真言宗の神道である御流神道が復興された寺院であり、その法流をこの地にちなんで御流神道玉水流と呼びます。
明治時代に神仏分離を迎え法流は途絶えましたが、神と結縁を結ぶ儀式である神道灌頂の本尊は護持され今に伝えられています。
明治時代以前の神仏習合の世界を是非体験していただければ幸いです。

 

日 時  令和8年11月28日(土)〜30日(月) 9〜16時
場 所  西福寺本堂
拝観料 1000円

 

詳細は特別展のページにて

 


天照太神の姿とされる雨宝童子

 

 

西福寺関連書籍『神道資料の調査と研究T 神道灌頂玉水流と西福寺』が刊行されました

当山での十数年に渡る聖教調査の成果として臨川書店より
『寺院文献資料学の新展開 第十巻 神道資料の調査と研究T 神道灌頂玉水流と西福寺』
が刊行されました。(価格 26400円(税込)
玉水流とは江戸時代中期に中興活濟上人によって西福寺で開かれた真言宗の神道です。当書籍では江戸時代の神仏習合の世界観を余すところなく紹介いたしております。

 


画像はamazonより引用

 

目次

 

総論 伊藤聡
論文篇
 第一章 両部神道の歴史と玉水流・・・伊藤聡
 第二章 西福寺とその周辺―附、関連年表・・・八幡尭文
 第三章 神道灌頂道場の荘厳―西福寺所蔵支具類の検討から・・・鈴木英之
 第四章 御流神道玉水流『御流神道横印信集』の形成―『神道印信類聚 大師流』との比較を通じて・・・大東敬明
 第五章 神道灌頂再現考―正通寺蔵「神祇灌頂軌」を基として・・・稲谷祐慈
目録・翻刻篇
 《特論》玉水流資料総覧攷・・・中山一麿
 玉水流資料集・・・中山一麿・木下佳美・大東敬明
 凡例
  目録・解説
  西福寺
  高幡不動尊金剛寺
  (附)西福寺所蔵 神道灌頂関連掛幅
 翻刻
  『西福寺後住願書草案』翻刻
  『乍恐書付を以奉願上候』翻刻
  『譲証文之事』翻刻
  『〔神道灌頂執行願い出文書三通写し〕』翻刻
  『神道諸作法并口伝等聞書』翻刻
  『神道灌頂西福密寺記録』翻刻
  『城州淀勝寿院快弁上人伝』翻刻
  「過去帳并序 西福寺」抜粋 附「西福寺活済上人之伝」翻刻
  『摩尼遍照山西福教寺来縁起巻』翻刻
  「西福寺本堂半鐘刻銘」翻刻
  「活済位牌厨子刻銘」翻刻
  「実済位牌銘文」翻刻
  「賢済位牌銘文」翻刻
資料紹介
 凡例
 高幡不動尊金剛寺蔵『御流神道口決』翻刻・解題
 遍照山西福寺蔵『御流神道灌頂用意』翻刻・解題
玉水流資料集 索引
執筆者略歴

 

監修 中山一麿
編者 伊藤聡

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